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赤穂美紀

MIKI AKO

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大阪音楽大学短期大学部ミュージカル科卒業。2003年日本ラテンアメリカ音楽協会コンクール全国優勝。国内外でラテンシンガー・サルサダンサーとして活躍。クラッシック、ミュージカル、ゴスペル、ラテン、オペラなど様々なジャンルで活動してきたため幅広いレパートリーを持つ。

2015年 愛の周波数528Hzの第一人者ACOON HIBINO氏のプロデュース「MIZUTAMAHIME feat.赤穂美紀」をリリース、テイチクエンタテインメントよりメジャーデビュー。同年ボーカルで参加したACOON HIBINO氏の528Hzシリーズ「心と体を整える〜愛の周波数528Hz〜」と「自立神経を整える音の処方箋〜愛の周波数528Hz〜」 2作品が第57回『日本レコード大賞企画賞』受賞。2017年 " 慈善音楽団体 "『マザーフューチャー』を設立。新たなる社会貢献として定期的にチャリティーコンサートを開催。2019年 " 芸歴25周年 " を迎え、通算4枚目となる全曲作詞を手掛けたオリジナルアルバム『伝説の鳥』をリリース。2020年 長年の音楽活動の集大成『音大では教えないボーカルの秘密〜意識を変えれば歌は瞬時に変わる〜』出版。

異文化に触れ合うことで培われた分析力と独特の世界観から生まれたボーカルメソッドを考案。目から鱗のレッスンはプロアマ問わず多くの支持を得ている。

音楽教室を営む叔母からエレクトーンをもらったことで6歳からエレクトーンを始める。

地元の武本音楽教室に毎週火曜日の5時から「指が長いから向いている」と言われつつも、練習もせずにドッチボールやキックベースボールに明け暮れていたが、辞める理由がなかったので20歳まで続けることとなる。

 

父の影響で洋楽に興味を示し、同級生が熱狂する日本のアイドルには全く興味が湧かず、小学4年生の時には地域の運動会で振り付けを担当。使用した曲目は名曲ケニー·ロギンスの歌う「フットルース」だった。

 

小学6年生、同級生の友達でガールズバンドを組む。構成はツインボーガル、キーボード、ドラム、ベース。赤穂美紀はボーカルと時々キーボードを担当。この当時から踊りながら歌っており、学校行事の文化祭で全校生徒の前でパフォーマンスを行う。

 

中学·高校時代は 「器械体操部」 に所属。

この頃の日課は、電信棒から次の電信棒までの距離を逆立ちで2往復歩くことであった。

 

中学校2年の時、授業を早退して父に連れられて 『 マドンナの日本公演 』 を堪能。

CM制作の仕事をしていた父のおかげでヴォーグで世界を席巻していた生マドンナを3列目のアリーナで鑑賞する。

 

高校1年生から本格的にモダンダンス·ジャズダンスを学ぶ ( 元宝塚歌劇団 依田正子氏に師事 )

高校2年生より音大受験のため声楽を大阪音楽大学教授 福島慶子氏に師事。

 

高校3年生の秋、学校行事の体育祭で応援団の副団長となり、白熱した応援の結果、声帯が声枯れして内出血。 音大声楽受験間近の門下生にして応援団という前代未聞の無鉄砲ぶりに師匠は悲鳴をあげる。

 

高校3年卒業後の春、サンテレビの番組の小野やすし司会のカラオケ大会に出演。

曲はドリカムの 『行きたいのはMOUNTAIN MOUNTAIN』 だった。

 

▪️1994年

大阪音楽大学短期大学部ミュージカル科入学

 

《4月》

弱冠16歳という座長が設立したミュージカル劇団の 『劇団 飛翔』 のオーディションを経て、一期生の団員として活動を開始する。

 

《8月》

初めての海外旅行。ニューヨーク ブロードウェイ ミュージカル三昧の旅。

現地BDC [ブロードウェイダンスセンター] でのダンスレッスンにてリズムオンチな黒人男性を目にすることで勇気を得る。生まれ持った才能に依り頼むのではなく、後天的に努力することの重要性を知ることとなる。

 

《9月》

『劇団 飛翔』の旗揚げ公演として『ミュージカルオリバー』公演出演

【於:高槻市立生涯学習センター多目的ホール】

 

《12月》

『劇団 飛翔』 Xmas Eve Eve Special 

『ミュージカル 赤毛のアン』公演 2回公演出演 芸名はAKOMIKI(アコミキ)

【於:高槻現代劇場中ホール】

▪️1995年

奥野武史氏に師事

 

《8月》

ミネソタ︎~ニューヨーク︎~ハワイ 語学&音楽旅行

-episode-

ニューヨークjazzライブハウスの名門 『Blue Note』 へ向かうと、日本人ヴォーカリスト初の出演となる東京大学法学部出身の鈴木重子の記念のライブに遭遇。彼女の流暢な英語のMCの中で突然日本語で 「あれっ?季節外れってなんて言うんでしたっけ?」 の質問にすぐさま、客席のどこからか「Out of season」という答えが返ってきた。このやり取りだけが妙に記憶に残っている。

▪️1996年

 

《3月》

大阪音楽大学短期大学部ミュージカル科卒業

 

《6月》

音大の「教育実習」科目履修生として在籍して、地元の中学校の音楽教師として2週間教育実習を行い、中学校教諭二種免許状(音楽)取得。

 

《11月》

「 舞台芸術ワークショップ·大阪1996 」~ミュージカル·ワークショップ 宮本亜門~にオーディションに合格し参加。

3日間のワークショップを得て最終日に一般公開【於:旧梅田東小学校体育館(梅田東生涯学習ルーム)/劇場飛天・稽古場】

応募状況:男37、女414、計451 *受講者:26名(書類審査およびオーディションで選ばれた)

-episode-

世界的な演出家である宮本亜門さんに直接指導を受ける貴重な体験をする。この時、最終日の公演後のスピーチで20歳の赤穂美紀は「世界に通ずるホンモノを目指します!」 と公言している。

▪️1997年 

ラテン歌手の "あい御影" 氏 率いるキューバ音楽ツアーに参加。本場キューバにてキューバ発祥のラテンダンス"サルサダンス" に出会い、のめり込む。帰国後、日本におけるサルサダンスのパイオニアでありラジオDJとして著名なKIYOMI氏との出会いで日本でもサルサダンスを本格的に始める。

▪️1998年

ラテン歌手の "あい御影" 氏 率いるキューバ音楽ツアーに参加。『キューバ日本人移民100周年記念コンサート』出演 【於:キューバ·ハバナ】

100年前に移民した日系人の方々と交流。浴衣でラテンバージョンの 『おてもやん』 をパフォーマンス

▪️1999年 

 

《7月》

『第1回 赤穂美紀 ソロコンサート』開催。

【 於:大阪北区山西記念会館 】

この年から、歌とダンス満載のソロコンサートを始め、2009年まで、年に一度の恒例企画として大型コンサートホールでの歌って踊ってのエンターテイメント性溢れる "情熱のラテンソロコンサート"を11年連続で開催することとなる。

第1回目のサポートバンドはフィリピン人ミュージシャンと共にエンターテインメントを演出。

 

《7月》

世界サルサダンスの祭典@プエルトリコ

『第3回-プエルトリコ-ワールド サルサ コングレス』出場。

日本代表として KIYOMI 率いる「チェベレダンスカンパニー」の一員として出場。

大会翌日、日本人離れしたエネルギーで好評を博しプエルトリコの地元新聞に大きく掲載される。

▪️2000年 

 

世界サルサダンスの祭典@ロサンゼルス

『第1回-ロサンゼルス-ワールド サルサ コングレス』出場。

KIYOMI 率いる「チェベレダンスカンパニー」の一員として出場。

『第2回 赤穂美紀ソロコンサート』開催。【於:豊中市立アクア文化ホール】

第一部は日本の昭和の懐メロソング特集して、赤穂美紀の両親も特別出演。

母は 『ミネソタの卵売り』 で白いお餅を客席に投げ渡すパフォーマンスで会場を沸かし、

父は 『ガード下の靴磨き』でセリフ付き通行人の役でアドリブをかわし素人の域を超える。

▪️2001年

 

《8月》

世界サルサダンス祭典@ロサンゼルス。『第2回-ロサンゼルス-ワールド サルサ コングレス』出場。

KIYOMI 率いる「チェベレダンスカンパニー」の一員として2度目の出場。

《10月》

『第3回  赤穂美紀 ソロコンサート』開催【 於:高槻現代劇場中ホール 】

▪️2002年

 

《1月》

日本を代表するパーカッショニストの都筑章浩氏率いる音楽三昧キューバツアーに参加する。ラテンリズムの要である"パーカッション"に触れる。

《5月》

世界サルサダンスの祭典@ロサンゼルス。『第3回 ロサンゼルス ワールド サルサ コングレス』出場。

KIYOMI 率いる「チェベレダンスカンパニー」の一員として3度目の出場。そのままキューバ熱が治まらず、ロサンゼルス経由で単身キューバへ。

《7月~8月》

この年3度目のキューバにして、更に本腰をいれることになる。音楽とダンスの勉強のためキューバ単身短期留学。

キューバ国立民族舞踊団【コンフント·フォルクロリコ·ナシオナール】にて

キューバの伝統舞踊、チャチャチャ、ルンバ、サルサなどを学びディプロマを取得 。

-episode-

午前中は学校に通いみっちりダンス授業を受けて、午後は、歌、ダンス、パーカッションなどのプライベートレッスンに通う。夜はライブハウスに繰り出して帰宅後、ビデオ復習をしながらいつのまにか寝落ちするという毎日。食事の時間すら勿体ないので、歩いてパンをかじりながら移動する。のんびりした南国のキューバで逆行するような分刻みなスケジュールにキューバ人からは、変人扱いされる。

《9月》

『第4回  赤穂美紀ソロコンサート』開催。【於:兵庫県立ピッコロシアター大ホール】

ゲスト:ラテンシンガーあい御影氏

▪️2003年

 

《7月》

アントニオ古賀が理事長を務める日本ラテンアメリカ音楽協会主催の『第10 回 アマラン·ラテン·ミュージックコンクール』において全国優勝を果たす。アルゼンチンタンゴの名曲 『想いの届く日』 を歌唱。

-episode-

コンクールの賞金は 「現金5万円」 と「メキシコ旅行券」 だったが、メキシコへは、タイミングが合わずに見送り、翌年自腹でアルゼンチンへ旅立つ。

《9月》

『第5回  赤穂美紀ソロコンサート~想いの届く日~』開催【 於:ジブラルタ生命千里ホール 】

▪️2004年

《1月》

タンゴの本場アルゼンチン·ブエノスアイレスの老舗タンゴライブスポット『Cafe Tortoni 』にてゲスト出演を果たし、喝采を浴びる。

急遽、現地アルゼンチンタンゴミュージシャンと共に名門ブエノスアイレスにある 『IONスタジオ』にてレコーディング収録

-episode-

突然、本場のステージに立つことになり、アルゼンチンでタンゴ衣装をオーダーメイドして全身揃える。ブエノスアイレスは観光地なので、世界中の人の前で "アルゼンチンタンゴ" を歌うことになる。

《9月》

『第6回  赤穂美紀ソロコンサート~アルゼンチンに魅せられて~』開催。【 於:豊中市立アクア文化ホール(中ホール)】

ゲストにアルゼンチン人ミュージシャンのロベルト·デ·ロサーノ&カルロス·オルテガを招く。アルゼンチンタンゴダンサーエルネスト& リカ出演。

▪️2005年

《10月》

『第7回 赤穂美紀ソロコンサート』開催【 於:豊中市立アクア文化ホール(中ホール)】

▪️2006年

銀座の老舗ライブスポット 『スイング』 にて、東京ライブシーンデビュー。バイオリニストの中西俊博氏 とトップラテンミュージシャンと共演。

《10月》

『第8回  赤穂美紀ソロコンサート』開催。【於:豊中市立市民会館大ホール】

ゲストミュージシャンに重鎮ビブラフォンの鍋島直照氏を招く。

▪️2007年

《10月》 

『第9回  赤穂美紀ソロコンサート~ビバ!ラテンパラダイス~』開催。【於:豊中市立市民会館大ホール】

ゲストにダブルピアニスト 、竹下清志氏&フィリップストレンジ氏を招く。

▪️2008年

《8月》

―10周年記念スペシャルイベント―

赤穂美紀ラテン一座 ミュージカル『三つの愛と死の物語 』【於:そごう劇場 】

《10月》

―10周年記念スペシャルイベント―

『第10回 赤穂美紀ソロコンサート~情熱のラテンパラダイス~』【於:豊中市立市民会館大ホール】

《12月》

―10周年記念スペシャルイベント―

赤穂美紀 ホテルディナーショー開催 【於:ホテルニューオオタニ大阪 鳳凰の間 】

歌手の金井克子さん、落語家の桂春之輔 師匠も駆けつけて下さり、盛大なディナーショーとなる。

▪️2009年

《9月》

『第11回  赤穂美紀ソロコンサート~情熱のラテンパラダイス~』【 於:サンケイブリーゼ 】

《11月》

芸能プロダクション 『シードマスター』 所属

▪️2010年

《6月》

『アコミキライブ ゲスト:キノコホテル』【 於:梅田amホール 】

赤穂美紀の新生バンド 『アコミキ』 としてのロック調ライブ

マリアンヌ東雲を中心とした個性派女性バンド『キノコホテル』をゲストに迎える。

《8月》

野外ラテンイベント 『パラダイスジャーニー』【於:服部緑地野外音楽堂 】

"ラテンでニッポンを元気にする"をコンセプトに全国(沖縄 から東京まで )からアーティストを招いて生演奏で踊れるラテンフェス "パラダイスジャーニー" を開催しアーティストとしてまた、実行委員長として成功へと導く。

《12月》

赤穂美紀ナビゲーター。『 ラテン·クリスマスパーティー 』【 於:ラマダホテル大阪 】

大阪のサルサバンド、サルサダンサー一同に集結。ホテルでの優雅な雰囲気で踊って歌ってのラテなクリスマスを演出。

▪️2011年

《2月》

『赤穂美紀 香港ライブツアー2011』

▪️2012年

《4月》

オペラ『 カルメン 』主演

オペラ歌手の花月 真氏からの抜擢により、オペラカルメン」の主役でオペラ歌手デビューを果たす。たフラメンコを歌い踊るカルメン役で難役を好演。【 於:フェニックスホール 】

《12月》

―和装オペラカルメン―

オペラ『カルメン』浮世の着物絵巻【於:コルソオペラレストラン】

▪️2013年

愛の周波数 528Hzの音楽コンサート活動開始

▪️2015年

《9月》

「MIZUTAMAHIME feat.赤穂美紀」をリリースし、テイチクエンタテインメントよりメジャーデビュー。

《10月》

株式会社シードマスターの代表取締役社長に就任する。

《11月》

ボーカルとして参加したACOON HIBINOの愛の周波数528Hzシリーズの2作品が『第57回日本レコード大賞企画賞』受賞。

▪️2017年

《11月》

 "慈善音楽団体" 「マザーフューチャー」 を設立。"平和と愛" のための力強いメッセージを歌に託して新たなる"社会貢献"に力を注ぎ、定期的にチャリティーコンサートを開催し反響を呼ぶ。

 

▪️2019年

 

《5月》

" 芸歴25周年 " を迎え通算4枚目となる全楽曲作詞を手掛けたオリジナルアルバム『伝説の鳥』をリリース。

528Hz の第一人者ACOON HIBINOの楽曲に赤穂美紀が作詞をする初めての完全オリジナルアルバム。

 

《10月》

《芸歴25周年記念》

 赤穂美紀スペシャルライブ

~ミュージカル&シネマソング~開催

【於:梅田ロイヤルホース )

 

▪️2020年

 

《3月》

これまでの後進の育成の集大成、独自のメソッドを元に『音大では教えないボーカルの秘密~意識を変えれば、歌は瞬時に変わる~』出版

プロアマ問わず、多くの音楽家から支持を得る。

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